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今頃みんなはいい感じ

だって俺たちゃブログ世代

社会人が音楽をワンサゲインする話 vol.2

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(画像は餃子男がピッチを操作している様子です)
 
かくしてAK-49を手に入れました。

 

 

 
1人で何かやるといってもそもそもヴォーカルでもない自分としては必然的にDTMに行き着く訳で。
 
DTMはざっくり知りつつも「めんどくさそう」と「お金がなかったから」という理由からはぐらかして来た存在です。
しかし今は状況が状況なので覚悟を決めて挑みます。
 
まずネットで「DTM おすすめ MIDIキーボード」と打ち込みます。
この情報時代、まず楽器に屋に行く前にネットで下調べです。
 
とりあえず調べるとどのサイトでも入門機と言われているのがざっと5種類くらいだということがわかります。
安定志向の私としては一番重視する要素は「一番定番ぽい物をチョイスしたい」です。
我ながらつまらない男ですが仕方がないのです。
 
3日くらい悩んだ結果、最終的に「なんかみんなこれかってるらしいし、SONARついてるし、49鍵盤もあればピアノの練習になるんじゃないか」という素人考えからAK-49をチョイスします。
 
元々エフェクターはBOSS贔屓で、アンプはジャズコでお世話になってばっかりだった自分としてはローランドに行き着くのは本能なのです。
 
この時点で今までの経験からまぁ、それなりにいいチョイスだろうし、それなりに不満も出るんだろうな、くらいの気持ちではあります。
しかし多少の検討の後、サラッとで買ってしまうくらいの勢いがこの歳になると大事だと私は考えます。
悩めば悩むほど「欲しいが実生活に必要ではないかもしれない」という雑念が沸くからです。
後、注文したあとは他の情報を遮断するのもコツな気がします。自分が買った物こそがベストチョイスというゆるぎない覚悟を手に入れる為です。
 
 
勢いに身を任せた結果、翌日には届くAK-49。
とても便利な時代です。
 
感想としては
「うん、黒くてでかいな」
です。
 
もはやニューギアーを手に入れたことに対してこんなにも興奮がない自分はもう終っているんじゃないだろうか、と思いつつ粛々とセッティングをします。
 
 
実際ここが第一の難関かもしれません。
なんとなくの使い方、音の出し方が分かるまでが結構かかります。
 
ギターの場合はまったく弾けずとも、初めて触れた瞬間に「ああ、これが、俺の、音!弾けてないけど!」みたいな感動が有ります。
しかしDTMの場合は
 
1分くらい触る
SONAR ○○ やり方」で検索する
1分くらい触る
SONAR  ○○ やり方」で検索する
1分くらい触る
「あー,なるほどね・・・」
以下ループ
 
という工程が続きます。
そしてこれを5セットくらい繰り返すと大体眠くなります。
 
そして二小節くらしか出来てないトラックを保存せずに寝る。
 
という日々が続くのです。
 
これに関しては自分の根気がない、というのが全てです。
自分が15歳くらいだったら「ウホー!わからないけどわからないなりに楽しいウホー!」みたいなテンションでバキバキ覚えていけたかもしれません。
 
しかし今や私のやる気メーターは風前の灯。
「うむ、今日は小節の表示を変える方法が分かったから寝よう。明日も仕事だしな」
と日々トラックを作っては消し、作っては消し、という状況が続くのでした。
 
 
 
 
 
 
 

社会人が音楽をワンサゲインする話 vol.0

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はじめに

 

去年、転職と共に東京に出てきました。

その時29歳だった自分もあっという間に30歳に。

わかってはいたけどそのショックは中々のもので。

 

この歳での上京となるとはしゃぐどころか、なんというか

「えっ、いいんスか。自分いいんスか」

みたいな三下感溢れる気持ちが大きい。

 

そんな感じで戸惑ったまま半年の時が流れ

その結果気付いたのは

「あっ、何もしてないな」

でした。

  

所謂「オタクが社会人になり、趣味に割く時間がなくなるとオタクでもなんでもない何かになる」というアレで。

 

地元にいた時代はオタクとしてそれなりにその諸々に詳しい自信がありました。

正直オタクなんて胸を張る物でもないとは思うんだけど、それでも自分にとっては立派な個性。

中々に自分を成り立たせている訳で。

 

しかしここ最近の私と言えば

「なんかしないとなー(ソワソワ)」みたいな日々

 

正直時間がそこまでないという訳ではありません。休日も有ります。

要するにやる気の問題です。

 

なんというか文字通り居ても立ってもいられない状態と言いましょうか。

中腰くらいで「どうしよかなー」と悩んでる感じだったのです。

 

そんな中、とりあえずそんな暮らしに必要な物は何かと言ったらやっぱり「何かを作っている」ということではないかと。

 

私も元を辿ればバンドマン。

バンドマンと言えるかと言うと多少謎だけどバンドマンだったはず。

 

そんな創作ワナビーひずってる自分にとって、自分が「何かを作ってる側がにいる」ていうのはとても「生きてる感」に繋がる訳です。

 

 

ということで私は考えました。 音楽をしよう、と。

 

 そこは「バンドをやろうぜ!」と言いたいのですが、正直今の仕事的にそれはなかなか難しい所。

 

いや、周りの超難度の状況の中でバンドを続けている人達のことを考えたら、そんなことはけっして言えないのかもしれないけど。

やっぱりそれはそれで。

その重みで始まりの一歩を挫折するよりは今の生活にあった形で一歩一歩やっていきたい所。

 

自分なりに日々の電車の帰り道で計画を練った結果。

 

http://blog.hatena.ne.jp/madaikiteiru/madaikiteiru.hatenablog.com/edit#

 を手に取ったのでした。

 

 

つづく

 

 

追記

それに付随してブログの更新をして誰かの目に止まりたいなー、と思いブログも書いてみた。

久しぶりに文章を書いてみたけど中々難しい。

いや、そもそもこの文章力自体当時からこんな物だったのか。

もはやそこも思い出せない。

 

「ジョン・ウィック」

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プロフェッショナル 仕事の流儀
〜殺し屋 ジョン・ウィックの仕事〜

知られざる職人の世界が学べる一本。

そしてこの作品の肝は何と言ってもキアヌから醸し出される「職場に一人はいる無口なんだけど決して感じは悪くなく、仕事はしっかりするので距離置きつつもみんなに実は好かれてる人」感。
応援せざるを得ない。
 

「キングコング 髑髏島の巨神」

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最近の自分は仕事に翻弄され、日々の中で消耗していました。

そんな自分に足りない物は何なのか、と考えたらやっぱりゴリラだと思ったので仕事を抜け出し、駆け込みで映画館に行きました。

結果私はコング先輩の雄姿に元気付けられました。
ワイルドでタフな筋肉、そして無言で語りかけるその優しげな瞳。
ゴリラ、ゴリラ、ゴリラ。
サティスファクションでした。

正直もっと低偏差値かつハイテンションな、超巨大怪獣バトル映画だと思っていたのですが、今作は第一ラウンドということで今後続く第二ラウンド、決勝戦に期待していこうと思います。

ちなみに監督のオタク要素があらゆる所にちりばめられてたのですが
中でも取り残されおじさんとイカリグンペイの関係にサッとブロマンス感を匂わせた辺りは本当オタクっぽくて

海外でも日本でもオタクの心は一つなんだな。

と感銘を受けました。

 

「聲の形」を見た時思ったこと

ここ半年くらい

映画を見た後は備忘録としてfilmerksに感想を書いているのだけど

filmarks.com

二ヶ月前くらいに見た「聲の形」について書いていてたら

何か色々思い出したので記事として残します。

 

ちなみにいくら備忘録とはいえ

filmerksで五人くらいしか繋がってなくて

寂しいのでもしもご興味あれば気軽にジョインしてください。

 

 

 

 

聲の形

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原作未読で視聴。

思春期復讐系ハートフルサイコホラー映画。

原作の尺を無理矢理納める為にほぼダイジェストというかほぼ名シーンPVみたいになってる。

 

トーリーは聾唖への向き合い方みたいな話かと思ったら、過去への贖罪がテーマで驚いた。


しかし西宮さんがイノセンスであればあるほどそこに「謝れ」という怨念めいたメッセージを感じてしまい
見てる間はずっと「作者の学生時代」への想像ばっかしてしまった。

それでも映像は美しく、声優さんの芝居は素敵で、aikoさんの歌は良かったのでなんかいい感じの雰囲気と不穏さが残る、不思議な映画。

 

ちなみにどう考えても自分が素直に感情移入できるのは

植野さんと川井さんで

特に川井さんみたいな無意識の残酷みたいな存在(現実で言う極めて普通の人)には

作者の何かしらの思い入れを一番感じられた気がする。

ああ、クラスってこういう感じだったなってとても思った。

 

この映画に対して凄い感じたのはその青春時代への距離感で

多分20代前半とかまでの

もう学生じゃないけど

ギリギリ学生時代への想いがこびりついてて

若干の客観視が出来るようになったけど

やっぱりそういう目線から抜け出せない。

ていう、そういう狭間にある時間の目線をとても思い出させてくれ気がする。 

もらとりあむタマ子を見ていると思っていたら自分だった

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タマ子を見てると思っていたら前田敦子さんで

前田敦子さんを見てると思っていたら俺だった。

 

 映画「もらとりあむタマ子」を見た。

この映画

高校卒業後、特に就職することもなく実家に戻り

そのまま実家でダラダラする一年間を描いているのですが

その人生のモラトリアムの生々しさが素晴らしい。

 

本当にダラダラしているだけというリアルさ。

普通の映画ならばそのモラトリアム中に何か物語りが起きるのだけど

この映画は何も起きない。

日々タマ子は実家でダラダラしているだけ。

 

しかしその無表情のダラダラの中にも

タマ子はきっと色々考えている、気がする。

考えて何も行動しないけど

日々何か変わる為の手段を考えている、気がする。

 

そして色々考えているけどとりあえず今日は寝てしまう。

 

わかる。

わかるぞ・・・・。

 

何故なら自分もまさにそんな無為なモラトリアムを過ごしてしまった人だから。

この映画の中のタマ子はまるであの頃の自分そのものだった。

(前田敦子のように美しくはないのでよりハードコアではあったけど)

 

そうした経験のある自分からすると本当にこの映画のタマ子は

かつての自分の見ているようようで

もどかしくもあり本当に愛おしい。

 

親との微妙な距離

地元の罠

考えが煮詰まり過ぎた結果飛躍してしまうあの感じ

 

何もないようでそういう一瞬一瞬の日々のエモーショナルが描かれている。

このエモーショナルはああいう「ただ待つだけの日々」を過ごした者にしか

わからない物なのかもしれない。

 

しかしそれでも自分はこの映画を見ることで

自分ですら忘れ始めている人生のあの時、あの瞬間を

何度でも、何度でも思い出すことが出来る。

出来てしまうのだ。

 

確かにストーリーが面白いかと言われたらわからない。

しかしそれでもこの映画は一つのタイムマシーンとして自分の胸に残り続ける物になってしまったのは確かなのです。

 

 

しかしあの後どうなったかわからないけど

なんとなくあそこで動き出せたタマ子は自分より偉い気がする。

タマ子、リスペクト。

 

 

 

追記

この映画を見た結果わかったのは前田のあっちゃん美少女ぶりはガチ。

AKBの頃フーンとしか思っていなかったことを土下座したい。

 

追記2

ED星野源の「季節」は素晴らしい。

 

追記3

作中でタマ子が読んでるのが「天然コケッコー」や「にこたま」で

絶妙な「ああいう女の子が読んでそう」感。

 

追記4

というか全体的にちょっと昔のフィールヤングコミックの実写化のような空気感の映画だった。

 

追記5

舞台が甲府てことでstillichimiyaのことを考えながら見てたら

本当に「うぇるかむとぅ やまなし」に出てきた喫茶店が出て来た。

甲府の風景は本当に素晴らしい。


田我流の「うぇるかむ とぅ やまなし」vol.7【喫茶あさげ・うどん いち】

 

 

ジブリとポストロックとあの頃

はじめに

主に2000年中期頃に所謂ポストロックという音楽に

傾倒した人にしか刺さらない文章です。

 

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 先日ジブリ映画「思い出のマーニー」を観た時の話

ジブリっぽい美しい田舎の風景のシーンで

ジブリっぽいピアノの曲が流れてきた瞬間

「あ、ポストロックっぽい」

と本能が感じた。

 

しかし瞬間的にそう思ってしまったけど

これは多分逆で

「日本におけるポストロック感→ジブリ感」

が定着しすぎた結果

一周回ってジブリ感をポストロック感と感じてしまった現象なのだろう。

 

 

2000年中期のあの頃。

確かにポストロックブームはあったと思う。

その中でマスやアルペジオ系ではなく

綺麗目壮大系インスト辺りのポストロック。

 

その手の音楽に常に自分が感じていたのが「ジブリ感」。

(ここは「key感」と言い換えてもいい)


久石 譲 / Joe Hisaishi -- 風のとおり道 (HQ)

 つまりアニメ、ゲーム音楽をバンドでやろうぜ感だった。

 

海外のシガーロスやマイスパレードとかが

自分達のルーツである民族音楽

(盆踊りの曲みたいなものなのかもしれない)

を基調にしたメロディーを奏でていたように

日本のバンド達(同世代の)は

やはり自分達のルーツであるアニメ、ゲーム音楽こそが

グッドミュージックという回答にたどり着いたのだろう。

 

物凄くテキトーなことを言ってしまえば

あのピラミッドの頂点にはenvyやMONOがいて

その奥の見えるんだか見えないんだかわからない辺りに

霞に包まれた久石譲がいたのである。

(ここはあくまで我々世代が見ていた物は

そういう物だったに違いないという私個人の感想です)

 

そんな青春を送った自分も

ポストロックから距離を置いて生きるようになって早数年。

 

しかしジブリ映画を見ることによって

逆説的に「ポストロックのあの感じ」を思い出すことが出来たのである。

 

ああ、このこの感じ。やっぱり久石譲は凄いな。

 

と改めて思ったのだった。

 

 

ちなみにEDのクレジットを見たら久石譲じゃなかった。